東京高等裁判所 平成10年(行ケ)207号 判決 1999年3月25日
東京都荒川区荒川5丁目50番17号
原告
有限会社ターモ
代表者取締役
森田玉男
訴訟代理人弁理士
桑原稔
同
中村信彦
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
藤正明
同
前川幸彦
同
廣田米男
主文
特許庁が平成5年審判第9365号事件について平成10年5月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「吸着具」とする別添審決書の別紙第一記載の意匠(以下「本願意匠」という。)について、平成2年7月12日に意匠登録出願(平成2年意匠登録願第23343号)をしたところ、平成5年3月30日に拒絶査定を受けたので、同年5月14日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成5年審判第9365号事件として審理した結果、平成10年5月27日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年6月17日に原告に送達した。
2 審決の理由
別添審決書の理由の写しのとおりである。以下、昭和60年意匠登録願第32636号の意匠(別添審決書の別紙第二記載の意匠、すなわち、審決の「引用の意匠」)を「引用意匠」という。また、審決が、本願意匠と引用意匠の具体的構成態様について、共通点として認定した「1)雌吸着具の吸着面の周縁をアール状としている点」を「共通点1」、差異点として認定した「<1>各吸着具基部の径について、本願の意匠は、雌吸着具の径が雄吸着具の径よりわずかに大きいのに対して、引用の意匠は、雌雄吸着具が同径である点」を差異点<1>、「<2>雌吸着具の係止爪の数について、本願の意匠は、4個であるのに対して、引用の意匠は、5個である点」を差異点<2>、「<3>雌吸着具の吸着面周縁のアールの態様について、本願の意匠の方が引用の意匠よりやや大きいアールである点」を差異点<3>、「<4>雌吸着具の吸着面について、引用の意匠はその略全面に網状模様を施しているのに対して、本願の意匠はそのような態様がみられない点」を差異点<4>とそれぞれいう。
3 審決の取消事由
審決の理由のうち、本願意匠と引用意匠の形態及び両意匠に係る物品が共通するとの認定(2頁2行ないし12行)は認め、両意匠の構成態様の共通点、差異点の認定(2頁13行ないし4頁12行)のうち、共通点1の認定及び差異点<4>に関してそれが主な差異点であるとの認定を争い、その余は、おおむね認める。審決の理由のうち、その余は争う。
審決は、差異点を看過し、類否の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(差異点の看過)
審決は、差異点<4>の認定に当たり、引用意匠が雌吸着具の吸着面の略全面に網状模様を施していることをあげている。しかし、引用意匠には、雄吸着具の吸着面にも網状模様が施されており、この点も、本願意匠と引用意匠の差異点である。審決は、上記差異点を看過した違法がある。
(2) 取消事由2(類否判断の誤り)
ア 本願意匠及び引用意匠に係る物品においては、審決認定に係る両意匠の基本的構成態様のうち、全体が雌吸着具と雄吸着具とで構成されており、各吸着具の吸着面を係合した態様のものである点、雌吸着具につき、基部を肉厚の円盤状とし、その吸着面の中央に小円形の係合用凹部を設けられている点、雄吸着具は、基部を薄い円盤状とし、その吸着面の中央に低い小円盤状の突起を設けられている点は、意匠の機能上欠くことができない形態であり、既に存在する公知、先願意匠との間での客観的創作性の有無を判断するに当たっては、主要な観点とするべきではない。
また、審決が、本願意匠と引用意匠について、基本的構成態様が共通すると認定した点のうちの上記以外の点及び具体的構成態様が共通すると認定した点のうちの共通点1を除いた点も、意匠登録第510639号公報(昭和54年9月5日発行)に係る意匠(以下「甲第2号証意匠」という。)において、昭和49年に開示されていたものであり、その後の本願出願人等の販売により、この種物品においては、既にありきたりの形態となっていたのである。本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品の分野は、デザインが成熟しており、上記諸点は、この種物品の最も通常の形態、すなわち、成熟したデザインの範疇に内包された形態となっているから、本願意匠と引用意匠の類否を判断するに当たっては、主要な観点とするべきではない。
イ 本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品の雌吸着具の吸着面は、ドーナツ状の永久磁石を覆う強磁性材料からなるカバーにより形成されるものであるが、このカバーは、通常は金属板をプレス成形して形成されるところ、こうした成形に当たっては、実際上、前記吸着面となるカバーの一面と側面との間に、少なからずアールが形作られるものである。また、およそすべての物品には、向きを異にする面と面との接合部分、すなわち、縁部には面取りが施される。そして、引用意匠におけるアールは、このようなカバーの成形に当たり実際上生ずるアールないしは面取りとして施されるアールのレベルに止まる微弱なものであり、看者には、意匠的効果を意図して施されたものと認識させるには至らないものである。そして、引用意匠からは、アールを施していない意匠に近い印象が与えられる。
一方、本願意匠のアールは、カバーの成形に当たり実際上生ずるアールないしは面取りとして施されるアールのレベルに止まらない程度の顕著なものであり、看者には、意匠的効果を意図して施されたものと認識させるものである。そして、本願意匠の雌吸着具からは、丸い感じ、柔らかい感じ、女性的な感じといった印象が強く看取される。
また、本願意匠は、雌吸着具の全体の高さの約半分の位置まで垂直面を有し、残り半分をアール面としていることにより、雌吸着具の平坦部の面積を大きく減少させており、この結果、本願意匠を三次元的に把握した場合には、本願意匠と引用意匠とは、雌吸着具の吸着面側の様子が全く異なるものである。
したがって、差異点<3>は、本願意匠と引用意匠を非類似とすべき重大な相違である。
ウ 意匠の類否判断は、全体観察を基調としつつ、創作の力点が置かれていると判断される要部にも考慮を払って行うべきものであり、対比される意匠の一部の形態要素を除いて類否を判断する考え方は、原則的なものとはいえない。まして、被告主張のように、網状模様を施した引用意匠の態様に特徴があるのであれば、本願意匠と引用意匠との類否の判断に当たっては、網状模様を除いて類否を判断する考え方よりも、その網状模様を重視して類否を判断する考え方が、まず先行すべきである。そして、そうした前提の下で、結局両意匠について、この網状模様の有無の点でのみしか実質的な相違がないと判断される特段の場合において初めて、被告主張のような網状模様を除いた類否判断の考え方が許容される余地があるとすべきである。
本件では、本願意匠の雌吸着具は、網状模様がなく、その周縁部に施された差異点<3>のアールが相まって、丸みを大きく帯びた、滑らかですべすべした、女性的な外観を表している。これに対して、引用意匠の雌吸着具には、本願意匠ほどに顕著なアールが表されていないため、ただ網状模様が目立つ様子となっている結果、繊維生地的な感じ、ザラついた感じといった印象が看取される。こうしたことからすれば、本願意匠は、引用意匠の網状模様を単に省略したものではないから、引用意匠の網状模様を除いて引用意匠と本願意匠の類否を判断すべきではない。
なお、取消事由1において主張したとおり、引用意匠においては、雄吸着具の吸着面にも同様の網状模様が施されており、この差異も、両意匠の意匠的評価に大きな影響力を持っているものである。
したがって、引用意匠の網状模様は、本願意匠と引用意匠を非類似とすべき重大な相違である。
エ 本願意匠と引用意匠が共通する基本的構成態様が本願意匠と引用意匠の類否判断を左右するものとはならない以上、差異点<1>ないし<4>は、本願意匠と引用意匠を異なる意匠として看者に認識させるに十分な差異である。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1、2の事実は認める。同3は争う。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
審決は、差異点<4>の認定に当たり、「<4>雌雄吸着具の吸着面について・・」と記載すべきところを、「雄」の文字の記載を失念したものである。しかし、雄吸着具の吸着面における網状模様の有無の差異についての判断は、審決記載の雌吸着具の吸着面における同じ差異についての判断と同様で何ら変わらないものであるから、上記記載のミスは、審決の結論には影響しない。
(2) 取消事由2について
ア 意匠法9条1項の類否判断においては、両意匠の形態を全体として対比観察すべきであって、一部分の態様のみを取り上げて評価すべきものではない。そうすると、本願意匠と引用意匠との類否の判断は、本願意匠と引用意匠との形態上の共通点が周知又は公知であるか否かによって直ちに左右されるものではなく、両意匠において評価すべき特徴点に係る差異がない場合には、なお、形態の全体観察において、客観的に類否判断すべきである。したがって、仮に、本願意匠と引用意匠との形態上の共通点が周知又は公知であったとしても、大きく評価することができる差異点のない両意匠においては、これを類否判断から除外して判断することは妥当ではない。
また、原告は、本願意匠と引用意匠との基本的構成態様の共通点の一部について、機能上不可欠な形態であると主張する。しかし、雌吸着具につき、基部を肉厚の円盤状とした点、取付け面の脚片を、中央に一定の間隔をおいた細幅の薄板状とした点及び雄吸着具につき、基部を薄い円盤状とした点については、他の形状のものがみられるから、基本的構成態様の大部分が、機能上不可欠な形態とはいえない。
したがって、これらの点を主要な類否判断の観点とした審決の判断に誤りはない。
イ 引用意匠のアールの態様について、別添審決書別紙第二のA-A線拡大断面図をみると、内部のドーナツ状の永久磁石の上端部周縁をアール状とし、それに沿って吸着面周縁もアール状としていることが明らかであって、この種物品に普通にみられる吸着面周縁の成形とは異なるものであるから、引用意匠も明らかにアールを意図したものである。
一方、本願意匠の雌吸着具は、下端部から約半分の位置までは垂直面となっており、アールの態様は、いまだ上方のみ、すなわち、吸着面周縁をアール状としているものである。
また、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品の分野の意匠において、本願意匠のアールと同程度の大きさのアールを表面周縁に施したものが普通にみられるから、本願意匠のアールの態様は、新規で特徴ある態様ともいえない。
したがって、両意匠とも、吸着面周縁を意図的にアール状とした共通する態様の中での僅かな程度の差異であり、視角に与える影響は、軽微なものであって、類否判断を左右するものとはいえない。
ウ 本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品においては、網状模様を雌雄の吸着面に施した引用意匠の態様の方にむしろ特徴があり、本願意匠のように網状模様を施さないものの方が、ごく普通にみられる態様であって、格別特徴がないことが明らかである。したがって、仮に、差異点<4>を評価するとすれば、特徴(創作)のない意匠を登録することになり、意匠法の目的に照らし不合理であるから、両意匠の差異に係る態様が視覚的に区別できるものであるとしても、引用意匠の方に特徴があり、本願意匠に格別新規な特徴がない場合には、その差異を評価することができないとすることが、意匠を全体として考察する類否判断における審決の実務等において定着している。
したがって、差異点<4>を大きく評価することはできないとした審決の判断に誤りはない。
エ 差異点<1>については、本願意匠のように雌雄吸着具基部の径にわずかな差があるものが、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品の意匠において本願意匠の出願前に普通にみられ、また、視覚的にも、意匠全体からみて僅かな差である。差異点<2>の係止爪は、意匠全体からみれば小さいものであり、本物品の使用時(取付け時)には、全く目に触れなくなるものであり、さらに、両意匠の係止爪の態様とも、極めてありふれた態様である。
オ したがって、両意匠のいずれの差異点も、共通点を凌駕するものではないから、両意匠は、類似する。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
第2 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由1について
甲第1号証によれば、雄吸着具の吸着面について、引用意匠はその略全面に網状模様を施しているのに対して、本願意匠はそのような態様がみられない点で、引用意匠と本願意匠には差異があるが、審決は上記差異点を摘示・判断していないことが認められる。しかし、審決は、差異点<4>として、雌吸着具の吸着面の網状模様の有無を摘示し、これについて判断しているところ、被告は、雄吸着具の吸着面における網状模様の有無の差異についての判断は、差異点<4>についての判断と同様であるから、審決の上記誤りは、審決の結論には影響しない旨主張し、また、原告も、取消事由2として、雄吸着具の吸着面における網状模様の有無を含めた類否の判断について、審決の誤りを主張する。そこで、まず、雌雄吸着具の吸着面について、引用意匠はその略全面に網状模様を施しているのに対して、本願意匠はそのような態様がみられない点(以下「網状模様の差異点」という。)を差異点とした場合における類比判断について、取消事由2に即して判断することとする。
2 取消事由2について
(1) 意匠法における意匠とは、意匠の創作として秩序立てられた一つの全体形態としてのまとまりをいうのであるから、全体の中から、その一部の態様に限定してこれを対比観察することは、許されるものではない。したがって、意匠法9条1項の「同一又は類似の意匠」であるか否かの判断に当たっては、出願意匠と先願として引用された意匠との形態を全体として観察すべきであり、その意匠の一部の態様に限定して対比観察を行うべきものではない。したがって、審決において、本願意匠と引用意匠の類否を判断するに当たって、審決が共通点として認定した基本的構成態様及び具体的構成態様を考慮の対象としたことに誤りはない。
なお、甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、本願意匠と引用意匠は、共通点1においても共通するものと認められる。
(2) もっとも、甲第2ないし第4号証及び弁論の全趣旨によれば、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品は、かばん等の係合具として使用される小型の物であって、需要者は、この種物品を手に持ったような状態の至近距離から観察して購入するため、需要者は、例えば、本願意匠と引用意匠の構成態様の共通点(ただし、共通点1を除く。)を有していても、雌吸着具の吸着面の周縁の隆起部の形成の有無や、係合用凹部の形状を単に円形穴のみで形成しているか、大小の円形穴で組み合わせて形成しているか等の差異をも、それがありふれたものではないならば、明らかな差異と感じるものというべきである。したがって、意匠の類否の判断に当たっては、上記事実をも考慮すべきである。
(3) そこで、差異点<1>について検討するに、差異点<1>は、意匠全体からみて極めて僅かな差である上、甲第2号証、乙第11、第12号証によれば、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品の意匠においては、雌雄吸着具基部の径にわずかな差があるものもないものも、本願意匠の出願前によく知られていたことが認められ、上記事実によれば、差異点<1>は、両意匠の類否の判断を左右するものではないと認められる。また、差異点<2>の係止爪は、意匠全体からみれば小さいものというべきである上、甲第2、乙第2、第3、第5、第11号証及び弁論の全趣旨によれば、上記係止爪は、物品がバッグ等に取付けられた時には、全く目に触れなくなるものであること及び両意匠の係止爪の態様とも、本願意匠の出願前によく知られていたことが認められ、以上の事実によれば、差異点<2>は、両意匠の類否の判断を左右するものではないものと認められる。
(4) 次いで、差異点<3>について検討する。
ア 乙第6、第7号証によれば、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品の分野の意匠において、吸着具の吸着面の周縁に、成形により生じたアールないしは面取りには止まらない、引用意匠ないしそれ以上の程度の意図的なアールを施したものが、本願意匠の出願前に周知であったことが認められる。なお、乙第6号証に記載された意匠については、アールは、基部を肉厚の円盤状とした吸着具の吸着面の周縁に施されているのであるから、それが、永久磁石の内蔵されていない側であるか否かは、上記認定の妨げとはならない。
一方、本願意匠の雌吸着具は、下端部から約半分の位置までは垂直面となっており、アールの態様は、雌吸着具の高さの約半分についてのみ施されたものにすぎない。
そうすると、差異点<3>は、ありふれたアール状の態様における多少の大小に過ぎないものというべきであるから、これをもって、両意匠の類否の判断を左右するほどのものということはできない。
イ もっとも、原告は、本願意匠は、雌吸着具の全体の高さの約半分の位置まで垂直面を有し、残り半分をアール面としていることにより、雌吸着具の平坦部の面積を大きく減少させており、この結果、本願意匠を三次元的に把握した場合には、本願意匠と引用意匠とは、雌吸着具の吸着面側の様子が全く異なると主張する。しかし、差異点<3>がありふれたアール状の態様における多少の大小に過ぎないことは、前認定のとおりであって、雌部材の平坦部の面積の差異も、アール状の多少の大小に伴う程度のものに過ぎないものというべきである。
(5) 網状模様の差異点について検討する。
ア 引用意匠における網状模様は、雌雄吸着具の吸着面の大部分にわたって施されており、引用意匠において特徴となっているものと認められる。そうすると、本願意匠と引用意匠において、審決の認定に係る共通点があるとしても、前記(2)の事実を考慮すれば、このような特徴の有無という差異がある以上、両意匠が類似するということはできない。
イ もっとも、被告は、網状模様の差異点について、両意匠の差異に係る態様が視覚的に区別できるものであるとしても、引用意匠の方に特徴があり、本願意匠に格別新規な特徴がないから、その差異を評価することができない旨主張する。しかし、意匠法9条1項の「同一又は類似の意匠」であるか否かの判断に当たっては、出願意匠と先願として引用された意匠との形態を全体として観察すべきであり、その意匠の一部の態様に限定して対比観察を行うべきものではないことは前示のとおりである。したがって、本願意匠の一部の形態がその出願前に公知ないし周知であって新規ではないからとして、これを類否判断の対象から除外することは、誤りというべきである。
また、意匠の類似とは、一般需要者の立場からみた美感の類似であって、「類似」とは「似ている」ことをいうのであるから、それは、本願意匠と引用意匠のいずれに新規な特徴があるかということとは別の問題である。すなわち、引用意匠に特徴があり、そのために本願意匠と似ていないのであるならば、その結果として、本願意匠も、また、引用意匠とは似ていないといわざるを得ないのである。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
ウ この点に関して、被告は、差異点<4>ないし網状模様の差異点を評価するとすれば、特徴(創作)のない意匠を登録することになり、意匠法の目的に照らし不合理である旨主張する。しかし、審決がその根拠とする意匠法9条1項は、「同一又は類似」の意匠について異なった日に2以上の意匠登録出願があった場合に、最先の意匠登録出願人のみがその意匠について意匠登録をうけることができるとする規定であって、意匠の創作性の程度を問題として類似しない意匠の登録を排除する規定ではない。被告の主張は、意匠の類似と意匠の創作性とを混同するものであって、失当である。
3 以上の事実によれば、網状模様の差異点を含めて検討した場合に、本願意匠は、引用意匠とは類似しないものというべきである。したがって、本願意匠が引用意匠と類似するとした審決の認定判断は、類否の判断を誤ったものというべきであるところ、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
第3 よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成11年2月18日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
理由
本願の意匠は、平成2年7月12日の意匠登録出願に係り、願書の記載及び願書に添付した図面によれば、意匠に係る物品を「吸着具」とし、その形態を別紙第一に示すとおりとしたものである。
これに対し、原審において拒絶の理由として引用した意匠は、昭和60年8月1日に意匠登録出願され、その後拒絶査定が確定した昭和60年意匠登録願第32636号の意匠であって、その願書の記載及び願書に添付した図面によれば、意匠に係る物品を「袋物用止金具」とし、その形態を別紙第二に示すとおりとしたものである。
そこで、本願の意匠と引用の意匠とを比較すると、先ず、意匠に係る物品において、本願の意匠は「吸着具」であるのに対して、引用の意匠は「袋物用止金具」であるが、両意匠に係る物品は共に、かばん等の係合具として使用されるものであるから共通するものである。
次に、形態において、両意匠は、全体が雌吸着具と雄吸着具とで構成されており、各吸着具の吸着面を係合した態様のものであって、各吸着具の基部は略同径の円盤状とし、その取付け面(各外側の面)に一対の脚片を対設したものとし、雌吸着具につき、基部を肉厚の円盤状とし、その吸着面の中央に小円形の係合用凹部を設け、取付け面の脚片を、中央に一定の間隔をおいた細幅の薄板状とし、一方、雄吸着具につき、基部を薄い円盤状とし、その吸着面の中央に低い小円盤状の係合突起を設け、取付け面の脚片を、雌吸着具と同態様として成る基本的構成態様が共通する。
また、具体的構成態様においても、1)雌吸着具の吸着面の周縁をアール状としている点、2)各吸着具の取付け面の脚片を、基部の径の約2分の1の間隔をおいて、基部径の約3分の1幅で、基部径の約2分1の長さで先端を円弧状とする長方形状板とした点、3)雌吸着具の取付け面の円周に沿って複数個の小さな略長方形状の係止爪を等間隔に設けている点が、主に共通する。
一方、差異点として、<1>各吸着具基部の径について、本願の意匠は、雌吸着具の径が雄吸着具の径よりわずかに大きいのに対して、引用の意匠は雌雄吸着具が同径である点、<2>雌吸着具の係止爪の数について、本願の意匠は、4個であるのに対しで、引用の意匠は、5個である点、<3>雌吸着具の吸着面周縁のアールの態様について、本願の意匠の方が引用の意匠よりやや大きいアールである点、<4>雌吸着具の吸着面について、引用の意匠はその略全面に網状模様を施しているのに対して、本願の意匠はそのような態様がみられない点が、主に認められる。
そこで、上記の共通点及び差異点を総合して両意匠を全体として考察すると、両意匠が共通するとした基本的構成態様は、両意匠の形態上の骨格を形成し、形態全体の基調を顕著に表出するものであるから、他の共通する具体的構成態様と相俟って類否判断を左右すると認められる。
これに反し、いずれの差異点も類否を左右する要素としては軽微なものと言わざるを得ない。すなわち、<1>の、各吸着具基部における径の差異については、本願の意匠にみられる程度の各吸着具に径差のある態様は、この種物品の意匠において取り立てて目新しいものでないため、この点に本願の意匠独自の創作は見出せず、また、意匠全体から観た場合、その径差の度合も僅かで目立たないことを加味すると、この差異を意匠上大きく評価することはできず、両意匠の類否判断を左右する要素としては未だ軽微なものと言わざるを得ない。<2>の、雌吸着具の係止爪の数の差異は、両意匠の共通する態様の中においては、4個と5個は微差に過ぎない。<3>雌吸着具の吸着面周縁のアールの大小の差異は、両者ともアール状としたところの共通する創作思想内における若干の改変の範囲内にとどまり、前記した両者が共通する骨格的態様の中に吸収されてしまう程度であることから、未だ軽微な差異と言わざるを得ない。<4>の、雌吸着具の吸着面の網状模様の有無の差異は、むしろその態様を有さない本願の意匠の方が一般的な態様であって特徴がないことから、この差異を大きく評価することはできない。
そして、これらの軽微な差異点を総合して意匠全体として観ても、前記共通性を凌駕して類否判断を左右するものとは認められない。
以上のとおり、本願の意匠は、引用の意匠と意匠に係る物品が共通し、形態においても、両意匠の形態全体の基調を顕著に表出するところにおいて共通するものであるから、両意匠は類似するものと言うほかない。
したがって、本願の意匠は、意匠法第9条第1項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当しないものであるから、意匠登録を受けることができない。
別紙第一 本願の意匠
意匠に係る物品 吸着具
説明 吸着具の背面図は同正面図と同一、同左側面図は同右側面図と同一にあらわれる。
雌吸着具の背面図は同正面図と同一、同左側面図は同右側面図と同一にあらわれる。
雄吸着具の背面図は同正面図と同一、同左側面図は同右側面図と同一にあらわれる。
<省略>
別紙第二 引用の意匠
意匠に係る物品 袋物用止金具
説明 背面図は正面図と対称に、表われる。雄止金具の正面図と、雄止金具の右側面図は雄止金具の左側面図と夫々同一に表われる。雌止金具の背面図は、雌止金具の正面図と対称に表われる。
<省略>